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マルマツのラーメン

マルマツ食堂は和田浦駅前にある。駅前と言っても、和田浦の駅前にはマルイもなければ、今流行りの駅前留学のノバなんてあるハズもない。ホントに寂れた田舎の駅前。だいたい和田浦駅自体が、JRでいうところの無人駅で、今は業務委託されて、和田町からスタッフがおくられているといった按配。利用客と言えば、通学の高校生がその大半で、残りは病院通いをする老人がチラホラいる程度で、乗降人数は年々、目に見えて減少している。
そんな駅前にあるのが、マルマツ食堂。その対面のタバコ屋が私の実家。で、マルマツ食堂は私が小学生の頃からあるので、40年近い営業の歴史を誇る。人は誰でも、心に残る食の一品がアル!というが、自分のそれを考えてみると「マルマツ食堂のラーメン」に行き当たる。ガキの頃、ご馳走と言えばラーメンだった。親戚の人が来たからラーメン。テストで100点取ったからラーメン。誕生日だからラーメン。「今日は寒いね」だからラーメン。盆でも正月でも、何かあったらラーメン。そういう半生を記憶している。
田舎のババア達の噂話なんて、本当に何の信憑性もあったもんじゃないが、「マルマツも今年一杯で店〆るらしいよ」「うたさんもお年だし、たいへんよねぇ」そんな噂話をここのところ良く耳にするようになった。あくまでも噂話なので、ことの真意はわからない。ただ、今ハッキリ言えることは、「あって当然のものが無くなるというのは本当に悲しい」ということだ。自分の長年のつれあいを亡くす。愛犬を亡くす。そういう感覚に近い。年をとって悲しいのは、自分が老いていくことと、どんどんと身の回りの大事なものがなくなっていくことだ。
親戚のババァは、うちに来て、良くマルマツのラーメン食べては、そのたびに自分の入れ歯をラーメンの中に落としていたが、そういう年になるまでマルマツのラーメンと付き合えたことは、「すげぇ幸せなババァだったんじゃないか?」そんなことを思い出した。スープや味噌汁の冷めない距離ってよくいうが、マルマツのラーメンの冷めない距離に暮らせていた自分の30数年間は、やっぱり今思うと幸せだった。噂話はともかくとして、これからの残された時間に、マルマツのラーメンを、自分の脳みそに、舌に、胃袋に、そして心に、叩き込んでおきたい。
「たかだかラーメン、されどラーメン」STONESの歌にある♪It's
only rock'n roll but I like it yes I do ♪という、あのフレイズ。そういう感覚がわかると人生は少しだけ楽しくなる!そういうことをこれからも大事に生きたい。
2002-11-07
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