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春の訪問者

「夜の訪問者」ってのは、Mr.ダンディズムのチャールズ ブロンソンの主演映画のタイトル。ここ和田にはこの春から初夏にかけて、たくさんの友人達がやってきて、それぞれ素晴らしい時間を演出して帰っていった。4月、まるまる1ヶ月間居候していたのは、四国、高知からやってきたプロサーファーの武史君。千葉でプロコンテストが多かったせいで、かなりの長期滞在と相成った。高知の男は、イッゴッソウと呼ばれうでっぷしも強く、酒も浴びるほど飲むのが通例なのだが、この武史君は温厚で、酒もほとんど口にしない。けれど地元高知の河口に波が立った時のパフォーマンスは、男意気に溢れ、そりゃぁたいしたものだ。サーフィン専門誌の表紙を飾ったこともあるくらいに凄い!サーファーじゃない人や、サーフィンやって2〜3年の人には何が凄いんだか解らないだろうが、それはそれで良い。
その武史君にビールを勧め、どうにか缶ビール一本なら飲めるようにしたのが、大阪からやってきた田中宗豊という、これまたプロサーファーを職業にする男。ダンジリ祭りで有名な泉州の生まれだけあって、酒もいけるし竹を割ったような性格でなかなか楽しい。1週間ほど滞在して、一人でタヒチに行って波乗り修行するんだと、サーフボード3本とテントを担いでハワイからタヒチの旅に出た。旅の幸運を祈る。
5月に入ると、千葉は一ノ宮から20年以上の付き合いのある黒木君と小柴君がやって来た。同じ千葉でもお互い忙しく、なかなか地元で会う機会は無い。まして天気の良い初夏に、のんびり3人だけで波乗りをすることなんて、何十年ぶりだろう?二人ともに長くサーフボード作りで生計を立ててきた。1970年代に戻ったようでアタマが少しタイムスリップした。一ノ宮エリアはサーファーも多く、サーフィングインダストリーも盛んで、サーフィンがしっかり地元に根付いている。ここ和田あたりでは、まだまだサーフィンやサーファーはやっかいもので、それに対する地元の人の意識も1970年代のままかもしれない。「そういうのも含めてこの辺はいいんじゃない?変わらないこと、それもいいんじゃねぇか?でかくなりすぎるのも、広くなりすぎるのもいろいろあって大変だぜ」とは小柴君の弁、だったが、10年遅れの場所に住む自分にとっては意味深に聞こえた。
それから私達は3人で伊豆白浜に全日本ジュニア選手権のスタッフとして出かけた。ここには全国から小学生、中学生、高校生100名近いサーファーが集い、チャンピオン目指して頑張り、この中から日本代表として8名が7月オーストラリアで開催される世界大会へ出場する。日本もやっとジュニアサーファーの時代が始まった。「ヘェー、波乗りってのは水遊びだと思ってたけど、そういうこともあんだ?人に迷惑かけるだけじゃねぇんだな?」和田町在住の人だったらそう思うかもしれない。ちなみに和田町在住の私がその日本選手団のスタッフの一員だっていうんだから、さらに話は不可解かもしんないな?サーファーの中には甲子園目指す高校球児と同じに、情熱を持って世界に出て行こうとしてる若者がいることは、ぜひ一般常識の範囲内で覚えておいてください。
それが終了して和田へ戻ったのは日曜の夜半、明くる朝、遅めに目覚めると、夕べ別れたばかりの黒木君がいた。「いやぁ、和田は水もきれいで最高だからさぁ、また来たよ」今度はノスケ君を連れている。彼は名門シークエンスサーフボードの工場長を務めるサーフボードビルダーだ。またまた懐かしい3人で波に乗り、沖で思い出話に花が咲いた。私が和田にいるから皆が来るのか?和田が良いところだから皆が来るのか?非常に曖昧なところではあるが、私も嫌われているわけではなく、和田も良いところ、ということにしておきたい。私達の友情も和田の海も美しく永遠に長く続くことをただただ祈りたい。パンフレットや看板の中だけじゃなくて、和田の海がどれほど素晴らしいかってことをみんなもっと気付くべきだし、上手くそいつと付き合えたら、あんたの人生はもっとハッピーになるし、友達だってたくさんできるんだぜ!
2001-5-31
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