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2001 和田浦の夏

 今年も確かに和田浦に夏はやってきた。世の中の不景気か、レジャーの多様化のせいかなにかは判らないが、海水浴という、夏のレジャーの王様にかげりが見え始めたような、そんな気がした夏だった。地元新聞によるところの、海水浴客入り込み状況も、けっして芳しい数字ではなかったようだ。変わってサーフィンはというと、相変わらずで、各エリアともに大盛況の様子だった。サーフィン浴、という新語を作っても良いくらいの定着振りではある。同じサーフィンでも、僕たちが目指しているものと夏のそれとではぜんぜん違うのであって、それを一緒に語られたのでは、イアンソープと、ボンボンベットにサンオイル塗りたくって寝転んでいる競泳パンツのにいちゃんをまぜこぜにするくらいの無理がある。夏の中盤には、地元のサーファーが、波間に漂うサーフィン浴の人を発見して、応急処置を施し、救急隊に連絡をしたものの、翌日には病院にて死亡、という悲しいことも起こった。

 悲しいことばかりでは良くないので、楽しい話題を二つほど。ヤンカツの黄色いバスが自力で動いて花の公園までやってきた。お盆の間、公園で小さなイベントが組まれて、その賑やかしで呼ばれたのだと言う。そのイベント、よーく見ないと何をやっているのかわからないくらいの規模ではあったが、子供たちに、竹馬、タケコプター、ベーゴマ、金魚すくい等の遊びがあって、なかなか楽しそうだった。その金魚すくい、土曜の夜には、5回挑戦して、ただの一匹もすくえず、リベンジをきして、日曜の晩にまたも出かけた。何と言うことか、子供たちは簡単に何匹もすくっているのだ。しまいには「3匹までね」という制限までつけられた。よくよく観察すると、昨夜よりも、すくう紙をだいぶ厚いのに変えてあった。「昨夜は誰もすくえなかったので変更した」のだという。手作りイベントはこういうところも面白い。義理人情に厚いほんまもんのテキヤさんだったらこんなことはしないだろうなぁ。小さな2〜3の出店もあったが、売上はたいしたことはなかった様子だった。だいたい初めは小さくこつこつと、飽きずに続けて、だんだんと大きなイベントにしていけばいいだろうし、みんなで協力して楽しいイベントに進化することを祈りたい。各地の花火大会の存続も危ぶまれる昨今の不景気にあって、お金をかけないイベント作りは、新しいと言えなくもない。ただ欲を言えば、「何のためのイベントなの?」というコンセプトをはっきり打ち出したほうが良かったように思えた。「公園ができたのだからなんかやろう」だけでは人は集まらないだろうし、出店していた人達も気の毒だった。ともかく人口も少ない町なのだから、不協和音は響かせずに、町の将来、子供たちの将来を鑑みて、みんなで協力したらどうなのだろう?大きなお世話だったか?

 あと一つ、最高だったのが、花園海水浴場に立てられた看板。このキャッチコピーには、糸井重里も深く頭を垂れるだろう。「日本で一番静かな海水浴場」ユーモアとセンス、少しのブラックジョークと開き直りが窺えて、本当にビックリしたし感動した。55選、66選、どこの誰が、どういう基準で選んだかも判らないことを声高に叫ぶよりよっぽどインパクトのあるコピーだった!2001年、「和田浦の夏大賞」なんてのがあるならば、絶対にこの看板でしょう?!ところでこの看板の効果はどうだったのだろう?

 とりあえず時代は不景気風に後押しされながらも、どんどん進んでいるし変化もしている。その変化に気づかなくなっているのは、はっきり言って老化の表れです。自分の老いを認め若い風を吹き込ませること。町全体もあなたの頭の中も、時々にはそういうことも肝要だ。そんな時代の流れを痛切に感じた2001年、和田浦の夏だった。43歳、黙して語らず、まであと何年だろうな・・・・・・・

2001-8-20

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