こんなにも波に恵まれなかった夏、いつ以来だろう?10年以上も前だっただろうか?遠い記憶の彼方に思える。台風の発生も無かったし、盆過ぎのいわゆる土用波、そんなものの欠片さえなかった・・・・プアーな夏。
8月16日、波はかすかに上がった程度で、他はすべてチョロチョロ波、サーファー諸君には全く悲しい夏になってしまった。おまけに和田浦海岸、ドンブカの地形で、サンドバーも無く、波の無さには拍車がかかった。8月16日と言えば、例の海の家で、第2回目のライブが敢行された日だった。たいした告知もしなかったのに、砂浜には200名を越える友人、知人、少しのあかの他人が集まった。こういうのは質より量ではないから、大勢集まればいいってものでもない。少人数でも、そこにゆったりした連帯感、そういうバイブスが生まれたほうが良いにきまっている。まぁ、楽しいライブになった。参加のみなさんに「ありがとう!」を伝えます。
人が集まると言えば、和田浦に訪れるサーファーは多くなった、いや、定着したといったほうがよいだろうか?実は30年前もサーファーは多かった。今より多かったかもしれない。ただ、招かれざる客だった。和田町議会では、「サーファー締め出し条例」なんて議案が真剣に語られた時代。ゴミ、騒音、違法駐車、水道無断使用、問題は山積みで、その都度、私一人が矢面に立たされた時代だった。サーファーで潤う民宿のおっさんも、飲食店のおかみさんも、駐車場のばあさんも、誰一人、私を助けてはくれなかった。私の耳元で「うちはサーファーで助かってるんだよ・・・ありがとね」小声で囁く人は数人いたかもしれない。多くの住民感情、つまりサーファー=悪という図式に異を唱える人は少なかったということだ。田舎暮らしとはそういうことでもある。今さらそんなことを言ってもしかたない・・・
今現在、サーファーの意識も年齢層も所得も向上して、サーファーはようやく招かれる客になりつつある。和田浦にある飲食店見てみるといい。サーファーの恩恵は嫌というほど理解できるでしょう?民宿だってそうだし、雑木林を伐採して作った駐車場にはサーファーの車が溢れている。過疎化のシンボル、空き家を有効利用しているのはサーファーだろう?低学歴、低所得、サーファーをそういうイメージでとらえるあんたのイメージは1970年代から抜け出せていない。古い、古過ぎる!(正直それは、今も私が、心の中で理想とするサーファー像です。)あんたにゃ想像もつかないほどのお金持ちサーファーはごまんといる。サーファーがここ和田浦に作ったゴージャスな別荘を見たことありますか?「サーファー締め出し条例」なんて真剣に討論していた議員さんたちは今をどう思っているのだろう?健在であるなら聴いてみたい気がする・・・などと、嫌な昔話を持ち出してネガティブな思考に陥るのは避けたい。「サーフィンの楽しさで充満したHP作り」これが私のHPの基盤、ポリシーでもあるから・・・・
まぁ、時代はそうやって常に変わっているわけで、貧乏だった人が裕福になったり、地位の低い人が偉くなったり、ビリケツがいきなり一番になったり、都会人を気取っていた奴がいきなり田舎に住み着いたり、そういうことなのです。だから、波が無い夏だってたまにはあるし、そういうことを繰り返しながら時代は進んでいくということなのだな・・・・
そうそう、みんなに勘違いされると嫌なのではっきり書いておきます!
「ここ和田浦におけるサーファーがもたらす経済効果、サーファーからの恩恵、そういうこと全て、私個人の努力によるものなのです!」なんてそんなこと全くないです。そういうことを書いたわけではないのです。たまたま温暖な気候で海に恵まれ、そこに波があるから人が集まるということなのです。事実はそこにしか存在しません。そういう観点から和田浦という地域、海、その他すべての自然をもっとリスペクトすべきじゃないかと、そういう精神を持つべきじゃないかと、そういうことなのであります。
大事なのはそこにつきるわけで、それが理解できない限りは、低脳な田舎議員のおっさんやお役所勤務のおじさんと同じレベルでしか地域を見ることができなくなってしまいます。人生すべて、自然が作り出す波と連動して生きていくことは素晴らしいです。喜びの源が自然と共にある生き方は素晴らしいです。波の無い今年の夏、さらにその思いを強くしました。
次の夏は波に恵まれると良いですね!
ここがいつまでも波乗りに適した海であることを祈りつつ・・・
寂れた海岸、どこからともなく人が集まりだした夜。満点の星とフルムーンのもと、素敵なコンサートが開かれた。主役は夜空に輝く星、フルムーン、そして波の音だったかもしれない・・・・
9月1日、ようやく波が届いた。夏休みには間に合わなかったが、それでも十分に幸せな日になった。
Keep Surfing!