自分にとっては、少しばかり特別だった夏。思い起こせば、オギャーとここに生まれたその日から、ずっとここで暮して、50回目の夏ってわけだ。50回ってことは、単純に50年、「へぇ、もうそんなに生きちゃったの?」というのが正直な感想。人生の折り返し点なんてとっくに過ぎちゃったわけで、スタート地点よりもゴールのほうがずっと近くにあるわけで、そろそろラストスパート、あるいは道端にへたり込む時、普通の人なら人生考えちゃう時期なわけだ。
それでも50回目の夏、そんなことは気にする風も無く、波に乗って、親しい友人と酒を酌み交わして、あっという間に過ぎていってしまった。梅雨明けも遅れて短い夏だったが、その暑さは異常で、これまで経験したことも無いものだった。波にもそこそこ恵まれて、何よりも元気で波に乗れている健康に感謝したい夏だった。友情は途切れることなく続き、家族は無事で、子供達もいろいろありながらも元気に育ち、とりあえず順風満帆な夏だったといえる・・・・・・
スポーツ選手がインタビューでよく言う「応援してくれたみんなに感謝したいです!」って言葉。「うそこけ!誰の力でもない、俺の努力でここまでやってきたんだ!そうやって正直に言えよ!」って、いっつも思っていた。けれど、「ひょっとして、そういう周りのみんなの支えにも感謝するって大事なことなのか?」なんて思わず思ってしまった50回目の夏の終わり・・・・・でもな、50過ぎていきなりキャラの変更はみんなも驚くだろうから、そんなこと絶対に言わないにしよう!ここだけでこっそり、「和田浦の海とみんなの友情と、そして家族に感謝します!」ってこっそり言っておこう・・・
年をとる、老いるってこういうことなんだろうなぁ。弱気、媚、中庸、連帯、輪、和、そんなことを考え出しちゃうことなのかもしれないな。できればあと10年くらいは「黙って俺についてきな!」ってやっていければいいのだけれど、振り返った時、「誰もいませんでした」ってのもちょいと寂しいものがあるしな・・・ま、元気で波に乗れていればそれで良し!ってことで、新しいDECADEに向けて出発しようと思う時、50の夏は過ぎ秋の気配・・・・
バスケもひと段落の息子の気持ちが波に向いた、おやじ50の夏
いまだチュー坊のように青臭い、大人の成りかたを模索するオヤジ達